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峠杏里 26歳|女優

 十二月、東京のホテルのバーにて取材。嫌いな食べ物が沢山あり、タケノコが苦手。彼女が唯一食べれたことがあるタケノコ料理を扱える人が大阪にいたことを喋りながら思い出す。元アイドル、元テーマパーク従業員。明日はオーディションの結果発表日。

 三回あって、一回目のは覚えてないねん。助けてもらっただけで。

 (間)

 うふふっふふっ。いや、ママが、私が三歳ぐらいのときの話かな、今のパパじゃない人やねんけど、つき合ってた人が、何? 今でいう虐待の人やって、おばあちゃんがガチャッってたまに、見に、まあ、うちらはちっちゃくて、ママが仕事してたから、ご飯作りに来たときに私がおらんかって、その人に杏里は?って聞いたら、さあって言ったから、でもおらんのがおかしいから捜し回ったら、お風呂に沈んでたらしいねやんか。それが一回目で、えへへへ、えふふふふ。すごくない? おばあちゃんが言ってたらしいけど、お風呂に沈んで動かれへんように体重計のっけられて、ちゃんと、しっかり沈んでたらしい。それが一回目。二回目が、小学校四年生のときに心臓発作で倒れて、一回死にかけて、あのときは強いストレスって判断されてんけど、原因がわからへんかって。そのあと入院して検査までしてんけど、結局、不整脈からくるものやって。多分ストレスで心臓が何か動きおかしくなったんじゃないかで終わったから、わからへん。原因がわからへんから。最初、何かふらふらすんなーと思ってんけど、ふふっ。息できへんくなって、えへっ。そのままそっからもう何やろ、貧血のちょっとひどいみたいな感じで、目の前が、何やろ、急にさ、テレビの砂嵐がさ、ここに、てか目の中が、砂嵐みたいな、ははっ、なって、そのまま立ってられへんからぺちょんとなって、そっから、もう記憶ない。うん。ぺっと起きたら家で寝かされとって、は? えへへ、みたいな感じ。うちのママがそんときは看護師さんやったから。あとで病院連れて行こうと思ったんやろうな、生きてはいたから。ほんで目覚めたから病院行って。で、その、そっから一週間ちょっと入院したりして検査したけど、全然わからへんかって。

 もう一個は、五年前に、二十歳ぐらいの時に付き合ってた人がDVやって、その人と喧嘩してしまって、河川敷に連れていかれて、首絞められて殺されかけた、あはっ。首絞められて殺されかけたのが、それ三回目。ほんまに死ぬと思った。あーもう無理や。あ、ここで終わりかと思った。全然人通りがなかって、夜中やって、おっきいトラックとかタクシーがたまに通るぐらいやったんよ。で、タクシーのおっちゃんが、何か変だなって思ったっぽくて、戻ってきて、大丈夫ですかって声を上からかけてくれて、これ逃したら死ぬわって思って、助けてくださいって言ったら、そのまま警察呼んでくれて、タクシーのおっちゃんが助けてくれた。相手? 相手は逃げた。逃げて、警察が来て、事情聴取して、ま、一緒に住んではいたから、どこにいるかもわかる、実家もわかるから、とりあえず向こうにも話を聞かないといけないから。ただ何か結局は痴話喧嘩みたいなんで終わらされてしまっちゃって、でも痣がいっぱいあったから。痣と、一回診断書も、顔殴られたときに、怪我した診断書持っていて、何かそんときはね、それも、一回警察に行ったときに取ってたほうがいいって言われて取ってたのがあったから、それで傷害で殴られたっていうので被害届は出して、あとはパパに任せた。うふふっ。終わり。

 あ、あとは交通事故ぐらいかな。それはめっちゃ記憶あるわ。車乗っとって、五歳ぐらいやと思う。その五歳のときに、そんときはさー、チャイルドシートとか全然規制がないときやってん、まだ。普通に妹と後ろででままごとして遊んでた記憶あるねんけど、急に後ろのガラスあるやん? 何、フロン? 何ガラス? ガラスがパンッて割れたんよ。で、そんときに、ちょうど私は後ろの席のさ、こんな足の部分あるやん? 私も妹も、その部分にこう、中に入ってすぽっと座ってたの。こうやって、足元の山みたいな部分。あれが面白いから、そこで遊んでてん。はまってたから何ともなかったんやけど、ほんとに、すぽっときれいにはまってて。その事故でママは死にかけた。後ろから突っ込んできてたみたいで、もう、パリンて割れたときの記憶だけはある。そっからママが死にかけたっていう話しか知らない。覚えてるのはパリンだけ。急に一面が。びっくりするより、何が起こったかも、くしゃんってなって。何だろ、玉突き事故やったんかな。急に、車の中に雨降ってきたみたいな。ほんときれいに粉々にパーンって入ってきたから、えっ、みたいな、ははっ。

 ──首を絞められたとき抵抗はしましたか?

 うん、した。無理やった。三回試した。一回絞められて、緩めて、怒鳴ってきたから、逃げれんじゃね? って思って、一回逃げてみて、捕まって。あー無理かー、逃げるのは無理かって。それでまた逃げたから怒ってまた首絞められて、あー、苦しい苦しいと思いながら。そうだっと思って、ママに、とりあえず親に連絡させろっつって。ケータイを持って。まあ、そんなケータイなんか持ってもすぐ取られるから。これもだめか、そらそうだわなっと思って、ふふふっ、思った三回。まあ、そんなに何も思い浮かばんかった。逃げる、ことが無理だもん、もう、ふふっ、無理やと思って。そう、諦めた。無理やー。早く見つかれば助かるかなぐらいに思ってた、ははっ。十分以内に見つかれば、助かる確率は、あると思って。

 (間)

 男運がないのかもしれへんなー。多分、私がそのとき楽しい方を選んでしまうからやと思う。そのとき楽しいことが、ずっと続くと思うからやと思う。何か、今こうやってしゃべってるのも、今の旦那といるのも、ずっとそのまま、この楽しい時間がずっと続けばいいなっていうので、仲良くしたりするから。ばかなんだと思う。その人がどんな人だろうって、あんまり疑ってみないから、私。楽しい。だから、こいついい奴だって。最初のほうは楽しかった。楽しかったのは楽しかった。でも、それが、どっか、どっから自分の中でDVが始まったのがわかんない? いつの間にかでなってたから。

 ママが私の痣見たとき、これどうしたん? って言われて。旦那に殴られてん。おや? ってなって、ふふっ。何の喧嘩したのって。いや、普通にご飯何食べるかで喧嘩したら殴られた、ふふっ。おやおや? ってなって。そこから、それちょっとDVなんじゃない? ってなって。そんなわけないよ、喧嘩だから、多分私がめちゃくちゃ口悪いからだと思う。いらっとしたんやと思うでつって。でも毎日、毎日、ふふっ、毎日のように、どんどん痣が増えていくから、心配になったんやろな。ちょっとパパが家に来て。これはもうあかんって言って、もうパパが私のことを連れて帰った。でも、何で、何でかわかんないから、また私、自分で戻って、そしたら河川敷の事件が起きた、あはは。

 何かもう、もう、もうわかったやろ? って言われて。パパが向こうの親と話してくれて、証拠がありすぎたから。ボイレコにも残っとったんよ。私が、多分何かで使ってて、それオンになってて、多分三日ぐらい連続で撮れるやつやったから、一日ずっと残ってたのがあって、家で。あ、そう、包丁で刺されたときのやつが残ってて。それも家ん中で喧嘩して、殺すぞって言われて、また出たよって思って。殴られるだけだろなって思ったら、包丁持ってたから、あ、まじかって。それでお腹突かれただけで終わったからよかったけど。プスッてやってな、服破れた程度。痛っと思って。えへへへ。それはたまたま録れてて、そんときは録れてるって知らんかって。そんとき結構使ってたときで、ボイレコ。歌やってたから。何だろう、これって思って聴いたら残ってたから、おおっと思って、置いとこって思ったのが証拠になった。芝居でさー、やっぱ、暴力のシーンはあるわけで。そんときちょうど、何で私こんな首絞められるんやろっていうぐらい首絞められる役が多かって、それが結構きつかったかな。それとたまにふとしたときに、相手は何も悪気はないんよ。やけど、後ろから、あはっ、ふぁって来られると駄目で。何をするでもないけど、私に手を伸ばす行為がだめだったりする。いまだに男の人と二人では車には乗れない。無理。窓開けてもあかん、タクシーでやっと。タクシーの人がいて、タクシーの二人もだめやから、タクシー乗るときも、窓開けて、こうやって犬みたいにして、あーーって。

 ──身近で誰かが亡くなったことはありますか?

 専門学校んとき、あー卒業したときか。だから二十二、三? 先生が急死したぐらいかな身近は。めちゃくちゃよくしてくださって、仲よかったし、うん。あれはでも衝撃やった。ほんとに急死やったみたいで。あ、もっと身近がおる。さっき言ってたタケノコのおじさん。私そこでバイトしてたんやけど。私が最後に行った三日後に交通事故で亡くなって。そこのマスターやってん。馬鹿な話なんだけど、そのお店で、そんな広くないお店なんやけど、個人で経営してるから、やっぱお客様がお酒をくれる。飲んで、車で帰ってたんやけど、警察に見つかっちゃって、逃げれると思って逃げてー、そのまま自分で追突して即死しちゃったみたいで。いつも酔い覚ましてから帰るんやけど、多分、わかると思っちゃったみたい。

 マスターのほうは、私の公演期間中に亡くなったもんやから。で、葬式も、もう仕事を辞めてるから、お葬式の案内がこなくて、どこであるかも知らん、どこに住んでるのかも知らなかったから。で、Facebookのメッセージで、その常連さんのお客さんから亡くなったっぽいっていうのを知って、ああ、そうなんですねっていうので終わっちゃっただけだから。その店、私の家の駅のところやから、帰ったら貼り紙で交通事故で亡くなったから閉店しますっていうのだけ書かれてて、あー、ほんとだったんだーと思って。ショックはおっきかったけどね。

 先生のことは、たまに思い出す。先生にそっくりの人が、通りかかったりすると、あーってなるし。先生のは動画が残ってるし、声も残ってる。それこそボイコレにまだ残ってたりするから。焼き直しとかだったり、あーってなるときもある。奥様がFacebookやられてて、奥様が一番受け入れてなくて、割と書いてらっしゃるから。先生のことは忘れないな。マスターのことは、それこそ頻繁に思い出す。地元帰ってその店の看板がまだあるから、見たとき、まだあるんだって思って。何か、一回別の店が入ったんだけど、つぶれちゃって、上から看板貼られてたんだけど、その看板はがしちゃって、また元に戻って、またマスターの店のになっちゃったから。あっとなって、地元に帰ると思い出す。

 ──いつまで生きたいと思いますか?

 願望言えば、いつまでも。生きたい。うーん、どういうことしてたいとかはないけど、楽しいことを毎日何かしらしていたい、えへっ。誰かとこうやってご飯たべてね、飲んで、遊んどきたい、かなー。仕事もしたい、ずっとしたい。ちっちゃいころの夢? 一番覚えている将来の夢。最初は、ケーキ屋さんだったんかなー。ケーキ屋さんから、多分、看護師さんになりたいと思った。その二つしか覚えてない。手に職あるのはいいよって、ママずっと言ってるから。あ、じゃあ、なるんだと思ってた。ならなかったね、うふふ。

 子供は欲しくない、えへへへ。仕事がしたいっていうのもあるけど、一番は自分が子どもを育てるのが怖い。自分がされてたことを、子どもにすると思うと嫌になっちゃう。ママも昔はそっち側にいたから。今こそは丸くなってるけど。五歳の子どもが、このグラス一杯の焼酎を一気飲みとか、ふふっ、無理でしょう? させられたね、飲まされたし。ママたちは面白がってたかもしんないけど。もー、結構きつかったね、それは覚えてるね。嫌な記憶を覚えてるっていうのは、ほんとなんだよね。これぐらいしか残ってない。怖かったことしか覚えてないもの。写真見て、あ、こんなとこ行ったんだみたいなぐらい。もう覚えてない。何でしたのって聞いたことあるけど、若かったからっていう返答しか返ってこなかったから、意味わかんないと思ってたからなー。まあ、やらざるを得ない理由があったんだろうとは思うけど。それはママから直接聞いた話じゃないけど、ママもDV受けてたっていう話を、おばあから聞いた。事実かどうかは知らん。だから離れれなかったのかなって、勝手に思ってる。自分が、育てれるっていうことを想像できない。自分が、子どもで、甘やかされたい人間やから。できるわけないと思うし、うん、かな。

 舞台以外でやってみたいこと。高校三年生のときに、先生に、どうしても私、授業やってみたいってお願いしたら、二回やらせてくれたんよ。二週間連続で国語の授業を。それがすごく楽しくって、あっ、先生になりたいなっと思って、一個夢としてあったんやけど、大学にいって教員免許取らなきゃいけないやん、私専門学校いっちゃったし。で、それはある。先生にはなってみたいなって思う。すごい楽しかった、国語の授業。みんなが真剣に聞くの、うふふ。何かの小説の抜粋のところが載ってて、全部じゃなくてさ、何々からの抜粋した、そんな誰かのやつやった記憶はあるんやけど。まあ、一週間、先生とどんなことやるか決めて、次の週やって、また一週間。基本、ヤンキーしかいない学校だったけど、生徒がやるっていうから、みんな真剣に聞いてくれるし。普段、教科書、じゃあ読んでみてって言っても誰も読まへんのに、ふふっ、読んでくれたり、すごい楽しかって。あー、いいなって。先生ってどんな感じなんだろうって疑問に思ったからかも。先生、うん、わかんないから、ちょっと好奇心で言っただけかもしんない。やりたいつったら、あ、できる? って。うん、すごい楽しかった。二週間だけ。でもその二週間にちゃんとみんなが宿題出すのよ。宿題ちゃんと持ってくんの。やったことないじゃんっていう子もやってくんのよ。先生がびっくり。で、私が丸つけて、渡すの。楽しかった。

 教えることは好きで、今もそういうこと、子どもだけど、歌の先生やったりしてて、楽しいなって思う。面白いよ。小学校六年生から二十二歳までいる。一時間半レッスンがあって、何て言ったらいいのかな。別に難しいこと教えてなくて、私ピアノも弾けないから、こう、何だろう。声楽みたいには教えれないけど、こうしたら声が出るよとか、こうしたら音域でるよ、ふふっ、とか、ちょっとポイントをぱっと教えるだけで、子どもとかってすぐよくできるの。三十分とかで、ぱんってよくなるの。その、ちょっと教えただけで、すごい、ぱんって成長するのを見てる、その、そんな女の子とか、まあ全員女の子だから、できたってなるのがすごい好き。あー(拍手)ってなる。うちの教室に来てる子たちはやりたくてやってる子じゃなくて、親にやらせてるところがほとんどだから、楽しくないのかなって思うけど、できたときはすごいうれしそうな顔をするし、楽しそうだから、いいなって思う。このままこっちの道に来ればいいのにとか、うふふふ。修羅の道だとしても。楽しいぞーつって。

 ──どういう死を迎えてみたいですか?

 どういう死? うーん、楽しかったなって終われたらいいなって思う。明日? うーん、確実に死ぬってわかってたら、楽しいことして終わるけど。でも、多分、きっとそれは理想ではないと思う。きっと後悔が残る、だって明日死んだら、明日オーディションの結果発表なのに、結果聞く前に死ぬ、ふふっ。まあ、後悔せずに死ぬことは難しいとは思うけど、極力それをなくして死にたい。だから、もう毎日楽しくいたい、ふふっ。理想はね、それがいい、うん。じゃないと残るもんずっと。残ったまま燃やされたくない、うふふふ。

 天災と事故はやだなー。病死でもいいから、老衰でもいいから、耳元で誰かが、ありがとうって言ってくれる死に方がいい。ありがとうとかがいい。その、感謝されるってわけじゃないけど、何だろう、生きててよかったなって、ふふっ、死んでても思いたい。自分がこの世にいれたってことがいい。今は、うちの旦那に言って欲しい。うん、親より先に死ぬつもりがないから、親が出てこないのはあれなんだけど。妹とかでもないね。言うなれば、みんなに言ってほしいけど、誰って選べってなったら、その人が一番。ずっと、ずーっと言っててほしい、うふふ。燃やされる直前まで脳は生きてるってママがよく言ってるから。だから聞こえてはいるってことだし、物理的に死んだと判断されても、残る、脳は動いてるわけじゃん、しばらくは。

 首絞められた時に死んでたら後悔の塊だったと思うよ。うーん、うーん、嫌だし、嫌だよ、そんなの、すごく嫌だったけど、死ぬってわかったら人間、簡単にあきらめれるもんなんだなって思った。一瞬でもう、あーもう無理だって思った。ぎりぎりまで生きる手段考えるけど、ほんとに無理だと思って脳が、多分、何だろう、変に落ち着かせようとするじゃない? あぁ無理だって、ほんとになるから。脳ってすごいなって思った。そんな苦しみたくないんだろうなと思った。あっけないとはこのことを言うのかと思った。あっけない、ほんとに。まあ、後々聞いた話で言ってるからあれだけど。脳が、脳はばかだから、目の錯覚とかもそうだし。しんどい、究極しんどいって思ったら、しんどくないふうに脳が勝手に働いてしまう? それはどうしようもない。でも、結局は自分自身だから、しょうがないことなんだよ。意外とすごく冷静になるんだよ。不思議だけどね。何だろう。人にこんなに話すことないから、何で自分が泣きそうになってるのかがわかんない。何か、我慢してるけど、何の感情で泣きそうになのか、わかんない。だからまだ、何か、嫌だって自分が、悔しかったのか、だから感情がわからない、えへへへ。何か出そうだから、これ何? は思ってはいる。

 ──あなたがもしインタビューをするとして他の方に聞いてみたい事はありますか?

 死にたいと思ったことは、逆にあるのかな? 自分から絶とうとしたことがある? 自分で思ったことがない感情だから。でも、実際目の前で人が死のうとしてるのを見たときに、何でそういう考えになるんだろう。だからそれが理解できなくて、ママが、うつになっちゃって、妹が生まれるときぐらいだから、中学校の三年ぐらい。うつになって、ママも看護師さんだから自分がうつってのがわかって、すぐ自分で病院行ったんだけど、もうそんときには手遅れやったんかわかんないけどもうやばかったらしくって、ある日ママが包丁を持って自殺しようとしたときに、病気だってあんまりよくわかってないから、その行為に至ろうとする理由がわからない。さっきまで笑ってたじゃない。何がきっかけで死のうと思うのかわからない。

 聞けない、聞けない。それ、そんときはもう夜中のことだったから、私が初めてみつけて、とりあえず、パパ起こして、おばあ呼んで、もう入院させようってなって、入院させたぐらいやから、聞けない、今でも聞けない。理由は結局あとからわかったからそれがよっぽど嫌なことだったのかな? って思う。理由は今は話せるけどー、普通に今のパパが、不倫をしとって。多分、パパがちょっと家のことあんまり構わなかった時期だった。ママがそれをずっと五年くらい隠してたの。知ってたけど、うちらには言わなかったのよ。それは多分、しんどかったんだろうなっと思って。わからなかった。死にたくなるぐらい好きなのかい? って思う。それやったら、娘はどうなるんだい? っと思ったし。だって一回、その、私たちに暴力振るってた前の人から逃げようと思って、うちら二人を連れて出して逃げて、逃げて逃げてしてたのに、今それはしないのっかいって。嫌なことがあれば逃げればいいし。おばあがすぐ近くにいるんだから、おばあんとこに帰ればいいと思うのよ。一番下の妹にはね、パパがいるけど、私たちにはもうママしかいないわけで、そこは考えんかったのかい? 死ぬのかい? って思ったりはするから。そんなに嫌なことって世の中にあるのかなって思ってた。命を絶つまでって? どういう事だと思うのだよ。

 今は全然円満。ママも全然元気になって。ま、ちょっとまだ薬は飲んでるけど、全然元気だしー、パパもめっちゃ反省してるし、何か仲良しだし。旅行いってはる二人で。もう、今はいいんじゃないかなって。だからもし、死にたいと思ったことがある人がいるなら。うん、わからないけど聞いてみたい。そう、私は生きときたいかなって思うから。

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